2024-11-23
警戒不要の安全な部屋、暖かいベッド、清潔なシーツ、1日の汚れと疲れを落とした僕と教授。かつてはあまりに特別だったものが最早当たり前の日常になりかけている。僕はそれに値するか?抜けない噛み癖の跡が残る指先をみる。この手で僕は彼に触れている?それは彼に値するか?彼は僕と居るべきか?この生活が将来的な彼のリスクになり得ないと確信をもって言えるか?
「教授、別れてくれない?」
躊躇とは裏腹にあっけなく言葉は出る。表情も穏やかなはず、大丈夫。
「朝起きて同じ気持ちなら考えてやろう。寝るぞ」
教授は何食わぬ顔で本を閉じるとスタンドライトを消した。
よくあることだった。それは往々にして疲労からやって来ていて、その日のうちに潰しきれなかった仕事上の不安材料があるような時に訪れる。僕は教授の隣に立って遜色ないキャリアと実力をこの手で掴み取って来たし、そのことを彼は知っていて毎度根拠を取り違えた不安を見抜いて眠る選択肢を取らせる。
「いつもすまないね、酷いことを言っているには違いないでしょう」
「気にするな」
朝食の席で教授は少し長く僕の目を見た。無感動に見えるその仕草が何を示しているのかはいつも分からなかったが、それに嫌悪感を抱いたことはなかった。ただ僕の虹彩は珍しく、色合いが派手でやたらと目に止まる。そういうものでしかない。
その夜は冷えていて、いかに鍛え上げた肉体のベリタス・レイシオと言えど堪えるものがあるだろうと思っていたから、スクリューガム氏の車で送ってもらえたのはありがたかった。家に入るなりそれなりに心配していた僕をいつもより情熱的に抱きしめる教授はしたたかに酔っていた。色白の肌は赤みを帯びて少し浮腫んでいる。顔色が悪くないなら吐き気はないのだろう、頭が痛いとぶつくさ言いながら全体重を預けてくる。腰に回る腕はデッサン用の彫刻のような筋肉のつき方がしていて、何か武器を取るための偏りを感じない。教壇に立って生徒を導くにはそんなものは必要ないんだろう。
「教授、流石にベッドへ移動はしてくれ」
「ああ」
返答がおぼつかない。
「君のその肩についてる硬そうなものは外しておくから」
「すまない」
「一旦ベッドサイドに置いておくから、明日どうにかしてよね」
「ああ」
すまない、頭痛が、ああ、そんなことをうわごとのように繰り返す教授が面白くてしょうがないが水がなければ明日苦労するだろうとピッチャーを取りに立ち上がる。が、ベッドを占領する大男に腕を掴まれた。